2009年3月19日 (木)

南紀白浜温泉「ホテル川久」は最高でした

Photo 3月11日(水)12日(木)に南紀白浜温泉1泊2日の旅を楽しんできました。東京・名古屋・大阪から友人6名が合流しての旅でしたが今回は私が最も遠くからの参加となりました。片道がなんと765キロ、所要時間が6.5時間と海外旅行並みの長距離旅行でした。6名が各地から新大阪駅に集合、ここから白浜までは特急オーシャンアローで2時間20分ほど・・・ビールに弁当でにぎやかに、ゆったりしたひと時を楽しんできました。親友たち6名で毎年この時期に各地の温泉地へ出かけているのですが・・・今回は昨年の秋にテレビで「一度は泊ってみたい超豪華ホテル」という番組で紹介された「海に浮かぶヨーロッパのお城風・ホテル川久」に強い関心を持ち、遠隔地を承知のうえで南紀白浜への旅に出かけたわけです。さて白浜駅から車でホテルに向かうと・・・広大な北京の紫禁城を連想させるようなレンガ色の中国風の豪華な塀が迫ってきました。正門から広い庭を通りぬけると、すごい建物が圧倒的な迫力で迫ってきました。(写真の上をクリックして拡大写真を見てください)両側の塔の頂にはウサギのブロンズ像、そしてロビーに入って豪華な内装にビックリ・・・ここはベルサイユ宮殿の広間を真似て作られたということでした。高い天井には隅々まで金箔が張られベネチアガラス製のシャンデリアが並んでいました。何んと言っても圧巻は広い通路の両側にズラリと並んだ直径1.6M高さ6Mの擬似大理石の列柱です。正面は高さ6Mの大きなガラス窓が3面ほどあって白浜の海が一望出来ました。うわさの大浴場はどんなものかな?・・・広い浴槽につかり壁面を見ますと中国の有名な詩人・陶淵明の漢詩とともに仙人画が描かれていました。ここから露天風呂に出て空を見上げると驚いたことに、このホテル自慢の建造物が眼前に広がりゆったりと観賞できるように設計されていました。今回はまさにすばらしい建物による「超豪華ホテル」をこころゆくまで体験出来大満足でした。さて帰りは私だけ友人たちと別れて一人で南紀白浜空港から羽田に航路で帰ってきました。初めての白浜空港は以外にも大型のジェット機が乗り入れていてきれいな空港でした。離陸直後には、はからずも窓から海に浮かぶように赤いレンガ色をした「ホテル川久」が見え「超豪華ホテルに泊まる旅」にふさわしい幕切れでした。             Photo_2

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2008年5月 9日 (金)

孫と川で魚取り・豊漁でした

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私が住んでいる松戸市の西の端を江戸川が流れています。この堤防沿いには、まだわずかですが田園風景が広がっています。丁度今頃が田植え期となり灌漑用水の水源バルブが開かれ、このあたりの水路は水が勢いよく音をたてて流れています。水はあちこちの田んぼの水路にある堰き止めに向かって流れ、取水口から田んぼに引き水されています。堰き止めから溢れた水は水路を下り六間川に放流され、更に少し大きくなった坂川に流れ込んでいます。そして本流となって最後はこの江戸川に流れ込んでいます。最近この六間川や坂川の水質浄化が進みきれいな水になったこともあって口細、もろこ、フナ、鯉などの川魚が大繁殖し、入り組んだ複雑な水路を形成しているこの辺りの川は釣りの名所となって釣り人で賑わっています。この魚たちが田植えシーズンになると田んぼの水路の堰き止めに向かって溯上してくるようです。さて、5月のゴールデンウイークは我が家では今年も孫たちがやって来まして賑やかな1週間となりました。実はこの田んぼの堰き止めでタモを使って川魚を取るのが孫の最大の楽しみになっているのです。3年ほど前に私がここを通りかかった折に、私が小さいころこの様な田んぼの水路で魚獲りに夢中になった事を思い出しタモで探索した所、沢山の魚が獲れたのです。今どきこんなに面白い魚取りが出来る事を発見したのです・・・そして孫に伝授したわけです。以来孫は毎年この魚取りを楽しみにやって来るようになりました。今年も沢山の口細などの小魚を獲りました。孫が帰る日にはこの魚を近所の流水公園に放流してやりました。

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2008年2月19日 (火)

別所温泉「七草の湯」は最高のホテルでした

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2月13日(水)14日(木)と友人6名で「別所温泉」旅行を楽しんできました。長0001 野県下は大抵の所を訪ねている私ですが、何故か当地は初めてでした。長野県で最も由緒ある別所温泉は開湯1000年とか・・・このあたりは、かって北条氏が支配していた事もあってか鎌倉文化が栄え「信州の鎌倉」と呼ばれています。付近一帯が昨年のNHKドラマ「風林火山」ゆかりの地でもあり昨年は多くの人がやってきたと言うことです。6名が大阪、名古屋、東京と各地から上田駅に合流し、ここから上田電鉄の3両ほどのワンマンカーに乗り、約30分は、のどかな電車の旅でした。終点の別所温泉駅に着くと「着物に袴姿の女性の駅長」が迎えてくれました。いかにも温泉地らしい歓迎を受け、今晩の宿「七草の湯」に向かいました。幹事の私が選んだホテルはどんなところかな?・・・大変すばらしい玄関の飾り付け、室内も立派だ、部屋のベランダには何と露天風呂が・・・部屋からの眺望がすばらしい、眼下に上田の街が広がりその向こうには雪を戴いた浅間山が正面に・・・まず全員が大満足してくれました。最上階の温泉(露天風呂)、食事が始まると、女将が顔を出し挨拶・・・予想に反し大変若い美しい女将に全員感激・・・毎年この時期に同じメンバーで各地の温泉を訪ねているが、今回は全員が最高点をつけてくれ私自身も大満足でした。

翌日は長野の善光寺を訪ねましたが、丁度冬の厳寒期で積雪予報が出された中でしたが幸い好天に恵まれ、記憶に残るすばらしい旅でした。「七草の湯」私のおすすめの宿です、ぜひお訪ねください。

東京からの行程(上野から約2時間30分)

 「上野」---JR長野新幹線 特急あさま---「上田」------上田電鉄----「別所温泉」
  12.30発                  13.56着  14.27発        14.55着

 

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2007年8月27日 (月)

風林火山の甲府でブドウ狩り

Budougari03 猛暑が続く8月20日に夏休みでシンガポールから帰国した孫たちと一緒 に甲府の勝沼へブドウ狩りに出かけました。この日は甲府は37度という酷暑となり、暑い国から来た孫たちも、この暑さにはかなり参ったようでした。勝沼インターチェンジを下りると見渡す限りブドウ園が広がり、NHKドラマ「風林火山」の舞台となった甲府市内の武田神社あたりまで尽きることなく、ブドウ園が広がっています。いくつかのぶどう園を見て知りましたが最近はブドウの種類も20余種と本当に沢山の種類があり各々のぶどう園が得意な種類のぶどうを作っていました。私たちが入園したところは「巨砲」「デラウェイ」「ピッテロビアンコ」を栽培していました。ピッテロビアンコは初めてでスーパーなどでは全くみかけない「美しい緑色でとんがった形の実で大きな房」でなかなか美味でした。Taisei01_3 渋滞を避けようと今回は7月に開通したばかりの「圏央道」を初めて利用しました。関越自動車道と中央自動車道を「外環自動車道」のように、 環状線として作った高速道路です。松戸、柏、方面からは従来、東京都内を縦断して中央道に入る道を利用していましたが、今回は都内の渋滞を避ける事が出来て、大変便利な道路であることを確認しました。自宅(0)から三郷JC(12キロ)外環状の大泉JC(43キロ)関越道の鶴ケ島JC(67キロ)中央自動車道八王子JC(105キロ)勝沼IC(158キロ)と合計158キロ・3時間半の所要時間でした。ぶどう園の中央あたりの丘の上には大変素敵なレストラン「鳥居平」「シャトー勝沼」がありここでの昼食はブドウ園が一望でき素晴らしい景観でした。ブドウ狩りの写真は上でクリックし、拡大写真を見てください。1541年、武田信玄が国主となり、山本勘助を軍師として甲府の武田神社のあたりの「躑躅が崎」に居をかまえこのあたりを統治していました。不織庵(上杉謙信)機山(武田信玄)を討つの図に題す。という有名な詩吟ここクリックして聴いて下さい。「川中島」という題名の方がよくしられていますね・・・

                      不識庵機山を撃つの図に題す   頼 山陽

   鞭声粛々 夜河を過る    暁に見る 千兵の大牙を擁するを

   遺恨 十年 一剣を磨き   流星光底 長蛇を逸す

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2007年4月 9日 (月)

寸又峡温泉とアプト式鉄道の旅

Cimg1334ab 3月末に友人6名で「寸又峡温泉」の旅をしました。ここの湯は「美女づくりの湯」と呼ばれるだけあって無色透明の湯が驚くほどヌルッとした肌感で大変すばらしい温泉でした。東京から新幹線に乗り静岡へ、在来線に乗り換え金谷に到着、改札口を出ると、ここは今尚蒸気機関車が走り大人気の大井川鉄道の始発駅なのです。ここから千頭駅まではSL列車或はかって各地で活躍していた「近鉄」「京阪」「南海」などの古びた車両ばかりが走る路線です。まるでタイムスリップしたような1時間半の旅08840018 でした。我々は途中の千頭駅で下車し、バスに乗り換えて08840023 南アルプスの奥地に向って山道を走ること約40分、寸又峡温泉に到着しました。列車がゆっくり走ることもあってか東京から既に5時間が経ち、かなり山奥にやってきたような錯覚を覚えました。寸又峡温泉の宿「翠紅苑」は当地最高のホテルで何んとすぐ隣には、かって世間を騒がせた「金喜老事件」のふじみや旅館がまだ営業を続けていました。さて翌日は千頭駅までバスで戻り、ここから大井川の渓谷沿いに終点の井川駅まで、源流に向って走るアプト式鉄道の旅を満喫しました。トロッコのように小さく真赤な色の車両での1時間40分の旅はスリルに満ちたものでした。折りしも桜が満開で、絶えず川を見下ろしながら断崖をひた走る車窓からの迫力ある景観は本当にすばらしいものでした。至るところに吊り橋が見え隠れし、途中の急勾配に差し掛かると日本唯一の「アプト式機関車」が連結されて列車は急勾配をゆっくり押し上げられるよう に進んで行きました。帰りはトロッコ列車の終点「千頭」から昔なつかしい蒸気機関車(D51型より少し小さいC11型)が牽引する昔のままの客車に乗り込み今回の旅を終わりました。季節はずれの時期でウイークデイにもかかわらず至るところに大勢のSLマニアがやってきてカメラの放列が見られました。消え行く大切なSL列車に乗っていることをあらためて実感したSLの旅でした。
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2006年4月20日 (木)

城崎温泉と文学巡り

2月にはいり友人6名で城崎温泉を訪ねました。はじめての地でしたが1400年の歴史があるとかで・・・印象的なすばらしい温泉地でした。城崎温泉駅のすぐ前から旅館が立ち並びその間を廊下のように道々が続き私達の宿「湯楽」近くには美しい大豁川が流れ、川沿いの道にはゆかた姿、下駄をはき手には石鹸・タオルを入れた篭をぶら下げて行き交う人で溢れていました。ここは「7箇所あるパブリックの温泉」をはしごする「外湯巡り」が名物ということでした・・・まず宿に着くとゆかたにきがえて、帳場で入浴券をもらい外湯巡りに出かけるのが順序だそうです・・・美しい静かな通りを殆どの人が各々宿の名前入りのゆかた姿で川沿いをゆきかう・・・何とも情緒があり独特の美しい街でした。
城崎温泉にはこれまで有名な文人がたくさん訪れ、滞在していたという事でした。街中にはいたる所に歌碑があり、中心地には文芸館がありました。私の好きな歌人たちもここにやってきていました。
                                           
Bungeikan_1                                           
     千曲川旅情の歌   島崎藤村        Kinosakiryokanyuraku_1

 小諸なる古城のほとり  雲白く游子悲しむ
             緑なすはこべは萌えず  若草もしくによしなし
            しろがねの衾の岡辺    日に溶けて淡雪流る

            閑かさや 岩にしみいる 蝉の声        芭蕉

   鎌倉の うら山づたい 君とゆく 山百合の花 月草の花      吉井 勇

   清水へ 祇園をよぎる 桜月夜 こよい逢う人 みな美しき    与謝野晶子

島崎藤村は昭和2年に、吉井勇は昭和7年にここを訪れていました。志賀直哉は大正2年に東京の山手線に撥ねられて、大怪我をして、この地に療養に来ていたということでした。そしてここで「城崎にて」を書き上げたようです。001
城崎温泉の写真と外湯めぐりのマップはここをクリックしてご覧ください。

上の詩、和歌の吟詠を聞いてみたい方はその旨ご連絡ください、送信します。あなたのご意見も送信ください。ugp54808@nifty.com

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