ドラマ「風林火山」と詩吟
私が会社に勤務していた当時、長野、山梨には度々出張する事があって「川中島古戦場跡」とか甲府の「武田神社」も何度か訪ねました。また詩吟の会でもたびたび「不識庵機山を撃つの図に題す」の吟詠の依頼をされます。そんなことからも今回のNHKドラマ「風林火山」には大変関心をもっています。まずはココをクリックしてつぎの吟詠をお聞きください。
不識庵機山を撃つの図に題す 頼 山陽
鞭声粛々 夜河を過る 暁に見る 千兵の大牙を擁するを
遺恨 十年 一剣を磨き 流星光底 長蛇を逸す
「備考」この詩はNHKのドラマと異なって、作者の頼山陽が上杉謙信側にたって詠んだ詩です。上杉勢は夜明け前に、鞭の音をたてないよう、そっと千曲川を渡って武田勢の陣営にせまった。朝方に濃霧の中から突然上杉勢が来襲してきた。突然の出来事に、信玄は驚き床机から立ち上がった。すかさず謙信は十年にわたる戦のなかでも、今日こそは必ず倒そうと馬上から剣を振り下ろした。しかしまたしても長蛇(信玄)を取り逃がしてしまった。
冒頭の小さい写真をクリックしてみてください。「風林火山」の旗印が見えます(この写真はインターネットの記事から借用)この4文字は中国の孫武(そんぶ)の書物(兵法書)を武田信玄が読み、戦場での「旗印」にしたものといわれます。
其疾風如風 (そのはやきこと風の如く)
其徐如林(そのしずかなること林の如く)
侵椋如火 (しんりゃくすること火の如く)
不動如山 (うごかざること山の如し)
今後のドラマをより楽しく見るために下記を参考にしてください。
室町幕府の終わり頃の足利将軍(初代=尊氏・最後=義昭)は中央政治(管領)も地方政治(関東府・鎮西府・各地の守護)も機能しなくなり、各地の有力大名が台頭して時代は戦国時代に移ってゆきます。武田信虎(甲斐)北条氏康(相模)上杉謙信(越後)今川義元(駿河)織田信長(尾張)などです。甲斐では1541年に「国主の信虎」が失脚し「嫡男の晴信(のちの信玄)」が家督を継ぎます。丁度この頃に軍師「山本勘助」が武田家に仕官します。この頃は甲府の躑躅ケ崎(甲府の武田神社のあたり)が本拠地でした。この頃越後の上杉謙信は関東管領の職にあって越後の春日山城を居城としていました。双方に挟まれた信濃(長野県)は穀倉地帯として知られ、小笠原氏・諏訪氏・村上氏・滋野氏(しげの)・木曾氏の領地でした。其の為武田、上杉から狙われる地域となり両軍の戦が続きました。千曲川が流れる川中島では川を挟んで戦が続き、頼山陽の「詩」は1561年の4回目の戦を詠んだ詩といわれます。軍師山本勘助はこの戦で討ち死にしたといわれます。
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コメント
馬橋教室でお世話になっています中村です。
車での移動に聞ける「詩吟CD」を作ろうと思います。
つきましては基本の「いろはうた」、今年の大会連吟「春望」、「偶成」
の吟詠をおねがいしたく、メールしました。
投稿: 中村 孝也 | 2007年1月31日 (水) 14時59分